2011年 03月 21日
震災後と震災を受けた人達への気持ち
3月11日、14時46分、突如の揺れが始まり、大震災が起こった。
水戸市在住だが、震度7.5強と凄い揺れだった。
その時俺は、3Fから降りてくる階段にいたが、横揺れが酷く、やばい!と、本気で思った時だった。
揺れが少し治まるとともに、停電になり、あちこちでサイレンが鳴った。
信号機は消え、道路は麻痺した。
橋と言う橋は、全て通行止めになり、何個かの橋も落ちたりした。
この辺りでは塀も崩れた家が多く、実家でもお風呂が倒壊した。
生活に必要なライフラインが途絶えた。
食料、水もない状態がつづく、コンビニに行って、並んで売ってる物を買った日が続いた。
給水車にも並んだ。
今は、ガソリンに並ぶ日々が続いている。
そんな経験をして、日常の、平穏な生活がいかに贅沢な物かを実感している。
ガス、水道、電気のない日々を過ごす事の難しさ、これらは、実際に震災に遭わないと解らない事だとも感じている。だから、俺は思う!
日々の有難味と、備蓄大切さを考えなくちゃと。
水、ガスコンロ、電池で動くストーブ、懐中電灯、カップめん等の食糧。。1週間分あれば、落ち着くはずです。
そんな俺も、今回は、募金をしようと思った。
みんな募金活動はしていると思うけど、それでも、寒さと食べ物に困っている人達が多いと思います。
手伝ってあげたい!と思っても、出来ない事があります。
被災者になってみると痛く解ると思いますが、被災者が一番欲しいものは、暖かくてゆっくり出来る場所です。
そして、暖かい食べ物です。
それらを送るためにも、クリックしてみてください。
医療従事者の一人として、みんな平等に暖かくゆっくり出来る場所を送ってあげたいと思います。
俺に出来る事は、何もないけど、小さな手が沢山加わったら、大きな力になります。
水戸市在住だが、震度7.5強と凄い揺れだった。
その時俺は、3Fから降りてくる階段にいたが、横揺れが酷く、やばい!と、本気で思った時だった。
揺れが少し治まるとともに、停電になり、あちこちでサイレンが鳴った。
信号機は消え、道路は麻痺した。
橋と言う橋は、全て通行止めになり、何個かの橋も落ちたりした。
この辺りでは塀も崩れた家が多く、実家でもお風呂が倒壊した。
生活に必要なライフラインが途絶えた。
食料、水もない状態がつづく、コンビニに行って、並んで売ってる物を買った日が続いた。
給水車にも並んだ。
今は、ガソリンに並ぶ日々が続いている。
そんな経験をして、日常の、平穏な生活がいかに贅沢な物かを実感している。
ガス、水道、電気のない日々を過ごす事の難しさ、これらは、実際に震災に遭わないと解らない事だとも感じている。だから、俺は思う!
日々の有難味と、備蓄大切さを考えなくちゃと。
水、ガスコンロ、電池で動くストーブ、懐中電灯、カップめん等の食糧。。1週間分あれば、落ち着くはずです。
そんな俺も、今回は、募金をしようと思った。
みんな募金活動はしていると思うけど、それでも、寒さと食べ物に困っている人達が多いと思います。
手伝ってあげたい!と思っても、出来ない事があります。
被災者になってみると痛く解ると思いますが、被災者が一番欲しいものは、暖かくてゆっくり出来る場所です。
そして、暖かい食べ物です。
それらを送るためにも、クリックしてみてください。
医療従事者の一人として、みんな平等に暖かくゆっくり出来る場所を送ってあげたいと思います。
俺に出来る事は、何もないけど、小さな手が沢山加わったら、大きな力になります。
# by korpus555 | 2011-03-21 22:21





